私が、「一〇三歳になってわかること」って、なんだろう?
美術家の篠田桃紅さんの著書「『一〇三歳になってわかったこと』 人生は一人でも面白い」を読みました。
篠田桃紅さんの言葉は、祖母からの言葉とも重なって、私の心にすとんと落ちる気持ちがしました。
この本の中で、幸福ということの考え方について書かれた文章があります。
「幸福になれるかは、この程度でちょうどいい、と思えるかどうかにある。」
「一つを得れば、一つを失うことを覚悟しなさい、ということなのでしょうか。なにもかもが満足な人生はありえないようです。」
なんだか、とても今の私には、腑に落ちます。
旅行会社を辞めて、フリーランスでやることを決めたものの、失ったものを時には後悔したりもしました。そういうのは、とっても格好悪いけれど、そういう自分がいるのも事実です。
でも、失うものと、得るものは裏表の関係で、まさに篠田桃紅さんのおっしゃる通りなのです。
でも、失うものと、得るものは裏表の関係で、まさに篠田桃紅さんのおっしゃる通りなのです。
そんなときに、自分の「この程度」というのは、どの程度をさすのかを考えたりします。
私が一〇三歳になったらと考えると、途方もないことのように感じますが、「一〇三歳になってわかること」は、よりいろいろなものがそぎ落とされ、自分の考えとして洗練されていくのではないかと思います。さあ、私は何をわかるのでしょう。
(ETV「墨に導かれ 墨に惑わされ」~美術家・篠田桃紅 102歳~ Webサイトより)