私のオフコースとの出会い
今年も小田和正の”クリスマスの約束2006”を見ながら、ブログを書いています。
去年もこうして、この番組のこと書いていました。今年のオープニングは”言葉にできない”からスタート。
なんだか、いつ聞いても懐かしさがこみ上げてきます。
私とオフコースの出会いはたしか23年前くらい。10歳ぐらいのときだから。私には4歳上の(破天荒な?)姉がいて、彼女が良く聞いていたんです。だから、求めるわけでもなく自然に聞き始めたのが出会いだったと思います。それから小学校6年生くらいまでが、オフコースファンのピークだった気がします。
私はかなりおませな子供だったので、すでに小学校の時にはいまの私というのの、大方の部分は出来上がっていた気がします。だから、小学校ぐらいをピークに自分が開花し、その後は未だにその惰性で生きているような気がしないでもありません。
話はそれましたが、だからオフコースの曲は小学校4年から6年までの間に聞きまくったわけです。その頃、一般的に”さよなら””I LOVE YOU””YES-YES YES”などが知られていたけど、姉が持っていないような70年代のLP盤も(懐かしい響き!)西川口にあったレンタルレコードリバティで片っ端から借りてカセットに落として聞いていたので、まだ小田和正と鈴木康博と2人で結成していた頃の”冬が来るまえに”とか”ワインの匂い”あたりが好きな曲でした。
だから、オフコースが解散するまでの曲は大体ほとんどが、暗唱していたので(子供の記憶力はすばらしい)その曲が流れた瞬間に口ずさんでしまうのです。
小学生の頃、オフコースのライブを映りが悪いUチャンネル(これも懐かしい言い方)でやっているにも関わらず見ては、大人の女性たちが泣きながらライブを見ているのを見たときにはさすがにビックリしたけど、その気持ちがなんとなくわかる気がしたことを覚えています。
前にも書いたけれど、オフコースファンというのがかっこ悪いという中学、高校時代を経て、今正々堂々とやっぱりオフコース、小田和正はいいわって言えるわけです。そう、その頃はまさに80年代。バブル前の80年代にはオフコースは少し暗すぎたのかもしれません。
でも、いまとなってはやっぱりいいわー、小田和正。辻仁成、村上春樹に続き、小田和正も生まれ変わったら結婚したい人の一人だわ。